クリエイティブ・カフェ vol.3
木幡和枝「都市のシワ、キズ、穴──活動、記憶、思索の装置」レビュー
万真美

ふと見上げると、時計が外されていた。東京駅の丸の内南口を出たときに、気づいた。もとあった時計の跡だけが残るその建築物に近寄ると、タイルなどの崩落を防ぐための、グレーのネットがかぶせられている。東京中央郵便局は、時間が止まっていた。
皇居に向けて、まっすぐと伸びる行幸道路。その出発点である、丸の内口の駅前空間。ここを列島の隅々へと繋がる鉄道網の基点とみなせば、この場所は、日本という国家の玄関であるともいえるだろう。1931年竣工の東京中央郵便局庁舎を設計した、逓信省営繕課の建築家・吉田鉄郎は、モダニズムのデザインで、帝都東京の玄関に威厳を持たせるという難題に答えた。プロポーションの重視、部分と全体の繊細な調和。竣工後、ドイツ人建築家のブルーノ・タウトはこの建築物を、「西欧の有名な建築家の後塵を拝するような点はひとつもない」と称える。タウトによるお墨付き。モダニズムという神話の獲得。
列強と肩を並べるための里程標として、歴史上の重要な局面を語ることができるこの建築物は、歴史上にその価値を見出す作業によって、あとから記念性が物体に込められた「歴史的な記念物」であるといえる。一方、モダニズムによる威厳という難題への解決は、近代化への強固な意志によるものであり、その意図が吉田によって、この建築物に込められたと捉えることもできる。つまりこの建築物は、あらかじめ作り手によって、さきに記念性が込められた「意図的な歴史的記念物」であるともいえる。
都市の近代化の象徴、モダニズムの記念性は、その子や孫としての周囲のビル郡を生んだ。場所の固有性を単純に読み解くならば、この場所は保存ではなく再開発を促すだろう。だが郵便局は、戦前戦中戦後と流れる時間のなかで、その整ったプロポーションを保ちながら、慎ましく、静かに老いてきた。この建築物は直接的に、あるいは声高に、歴史的な価値を語ってはいない。というよりはむしろ、この建築物を見る人々が、現在に至るまでに郵便局が経た時間に対する価値、近代という時間に対する価値を、捉えきれずにいる。

こうして再開発は進む。線、面、量塊という造形要素の組み合わせによって、長大な壁面が分割・構成される。それによって生まれる立面上のシンメトリー、軽快なリズムによって、この建築物は凛とした威厳をもつ。この建築物が日本における初期モダニズム建築の代表作、「歴史的な記念物」であると評価される要はここにある。集配機能を受けもっていた南側の台形部分は解体され、駅側のファサード(正面)だけが残された。だが、最もデザイン的な処理が難しい、変形した敷地のカーブに沿った曲面部分は失われ、郵便局は元のプロポーションを変えた。どう残すか、という保存の手法には、建築物の歴史的な記念性に対する態度が表われる。郵便局の記念性は、切り裂かれている。
周囲の高層ビルから郵便局を撮影する。残されたファサードの裏側に、ぽっかりと空いた都市の穴が見える。再開発の完成を待つまでもなく、この穴には多層床で構成された高層ビルの杭が貫くだろうことは想像がつく。撮影を終え、再び郵便局に近寄る。工事用の仮囲いによって、中は覗くことができない。約80年前のコンクリートの破片が飛び散る。近づけば近づくほど、手の届かない都市。もう一度、開発後の姿を思い描く。敷地の外周を構成する低層の郵便局部分と、その上に聳え立つ高層ビル。何かに似ている。墓石だ。
低い基部とその上に伸びる標という、郵便局の再開発から想起されたイメージは、死をむかえた人や動物を偲ぶ、もしくは慰霊を目的としてつくられる、一般的な墓石のイメージと重なる。墓が新たにつくられる場合、墓石には葬られるものの死という時間の一点が意図的に込められる。墓は死という記憶の保管装置であり、墓石はピラミッドと同様、死という時間の一点を断絶し固定化する「意図的な歴史的記念物」であるといえるだろう。再開発されるこの場所には、低層部分の水平性と、高層部分による垂直性をもつ、対称性が強く自己完結的な、墓石の形態が与えられる。墓石の如く扱われる建築物、これを墓石建築と呼称する。

「歴史的な記念物」か、それとも「意図的な歴史的記念物」か。記念物としての郵便局のありかたは、記念性があとに込められるか、さきに込められるかという点で異なる。再開発後のこの建築物は、墓石の形態をもつ以上、「意図的な歴史的記念物」を想起させる。経済的合理性という時間の一点が、丸の内という場所に新たに断絶、固定化され、郵便局として経た時間は、新たな記念物の基部として、一度リセット、再起動される。その結果、歴史上の重要な局面を語るために郵便局に必要とされた時間、つまり郵便局が「歴史的な記念物」になるまでの時間は、宙を舞う。近代という時間に対する価値は、ふわふわと浮いたままだ。墓石建築の記念性は錯綜している。基部は基部、全体は全体として、固定化された時間がそれぞれに存在している。自己完結的な形態をもちながら、全体としての記念性は保たれていない。墓石建築は、基部と全体との時間の調和、あるいは相互作用の可能性を秘めた、道半ばの記念物である。
郵便局が「歴史的な記念物」になるまでの時間を、単一的に流れてきたと捉えるからこそ、そこには並行する時間の差異、不協和音、違和感が残る。再開発される現在から、竣工された1931年へ、時間の流れを遡行してみよう。立面上のシンメトリー、軽快なリズムを獲得するために、郵便局は装飾という概念を排除した。だがいまや再開発によって郵便局は、墓石建築の基部を成す、装飾のように扱われている。郵便局の記念性が切り裂かれた現在から、時間を遡行することによって、排除したはずの装飾という概念が、ひょっこりと顔を出す。
墓石に文字、図像、もしくはグラフィティが付与されれば、そのたびに記念性は変容する。ただし付与されるものが、建築物の表層に付け加えられるパーツなのであれば、それは独立した基部として残される郵便局の扱いと変わらない。ここでひょっこりと顔を出した装飾という概念は、建築物が竣工された時間の一点として付与されるものを指すのではない。表層を纏う一時的なものではなく、時間の奥行きをもった流動的なものとして、装飾を扱う術がありそうだ。そしてそれは、都市と建築の記念性を捉えなおすためのデザイン、保存のためのデザインとして表現されうる。
都市は墓石建築で埋め尽くされ、広大な墓地と化している。都市と建築との距離は遠く、もはや袂を分かったかのようだ。そっぽを向いているお互いの関係を取り持つためには、墓石のような建築のありかた、モダニズムの記念性を、捉えなおす必要がある。郵便局が「歴史的な記念物」になるまでの時間を問題とするのはそのためだ。墓前で嘆いていても仕方がない。まだ道半ばである。私は、次の里程標をつくりたい。

クリエイティブ・カフェ vol.3
木幡和枝「都市のシワ、キズ、穴──活動、記憶、思索の装置」
2009年6月19日