「サカクラへの友愛を込めて、ル・コルビュジエ」──そう書き記された一枚の貝殻。1960年、ル・コルビュジエから坂倉準三氏に贈られたものです。この貝殻は、準三氏のご子息である坂倉竹之助さんによって、2007年に森美術館で開催された『ル・コルビュジエ 建築とアート、その創造の軌跡』展にて一般に公開されました。さらにさかのぼり、坂倉準三がル・コルビュジエのアトリエに入り、モンマルトルに居を構えたのは1931年ですから、今からおよそ80年近く前の出来事です。
竹之助さんは、この文化学院(1921年〜)の創設者のひとりであり建築家であった西村伊作のお孫さんにもあたり、2008年には学院の新校舎をデザインすることになります。伊作と父・準三の日常における美意識など、ごく身近なエピソードを伺いながら、この80年、さらには準三が生きた20世紀という激動の時代(準三は1901年生まれ)に思いが及びました。
中国では上海万博が始まりました。坂倉準三がパリ万博日本館についてのちに語ったとされる、意図的にデザインされてできあがるものではない“日本的なもの”の概念を頭の片隅に置きながら、万博を眺めてみたいと思います。(編集部)










2010年2月19日