クリエイティブ・カフェ vol.11
大竹誠「すべてのひとのためのデザイン──自由デッサンのひろがり」レビュー
大竹誠
“デザインは誰にでもできる”というテーマからデザインの授業を試みてきたのですが、テーマの発端は、1960年代末のカウンターカルチャー(対抗文化)だったようです。大学授業料値上げ反対、商品学という授業への異議申し立て、ベトナム戦争反対、日米安全保障条約反対、そして日宣美(日本宣伝美術協会)粉砕などなどが大学の授業と混在。片手にデザイン用具、片手に投石です。「革命的デザイナー同盟」の旗がはためく開放感。そんなことで大学の授業に身が入りません。その後、美術系予備校へ勤めるのですが、美学的なボキャブラリーでの指導や講評に疑問が積み重なってきました。そこで予備校のなかに、受験を目指さないデザインを学ぶクラスを無理やり作り出すことになりました。
授業では、バウハウスの指導者ヨハネス・イッテンの考えをお手本に、色彩の実験、ロシアアヴァンギャルドの手法を模写、フォトモンタージュの手法から東京の絵葉書を構成、ポルノ図像の模写、坂田明の『二十人格』というレコードからヒントを得て二十人分の自画像を描いたりしました。定形崩しでした。反抗的だったんです。時々、ベンヤミンの読書会、原書講読会も。免状など取得できるクラスではなかったのですが、複数年にまたがって在籍する学生がでてきたり、卒業後は授業を手伝うかたちで自分の作品を作る学生がいたりと盛り上がりました。
15年経ち、教育現場は造形大学へ移ります。スポーツ新聞一面のスタイルを引用した映画広告、清書した文字を5コマで変容させその文字が喚起するイメージ図像へと至る漢字漫画。寄席の切り絵芸同様の手法でエスキスする暖簾や絵本、極私的なものにこだわる広告、デッサンの概念を超えて描く醍醐味を会得する変則的描法のデッサン、複写機を活用したヴィジュアル、超遠近感の表現、スーパーリアルなピクトグラム、などなどの変化球。お手本もチェルニコフ、ムナーリ、ハートフィールド、劇画、花札と増加します。客員教授木村恒久さんのサポートもありさらにバージョンアップ。木村さんお得意の“コラージュ”が増えていきます。ばらばらの断片と戯れること、そしてそれらを再構成していく強い意志の底沼なしバトル。木村さんは一方で言語論の入門書を読ませ、感想文を朗読させます。早口なうえ、書いては消し書いては消しの板書連続で、メモする速度が追いつきません。難解な授業のなか、教える方も教わる方も渾然一体の情況劇場。その混沌としたなかからいくつもの傑作が生まれてきました。傑作へのお礼として始めたのが“紙上批評”。教える側と教わる側とが相互に批評し合う関係は心地よいものとなります。『初めてデザインを学ぶ人のために』(論創社、2009年)はそのまとめです。
“デザインは誰にでもできる”から始まったデザイン授業の試みは、顧みれば、近代デザインのさまざな思潮──新しい社会をつくるための、あるいは、新しい意味を生み出す──の模写を通して追体験し、その時に沸き起こる興奮、驚き、笑いとともに、その遺伝子のようなものを体内に取り込む作業だったのかもしれません。












2010年3月19日