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熊川校長からのメッセージ「駿河台の風2」

[vol.4] 2010年8月9日
今は夏色100%

文化学院の1階のアーチ付近にはもみじが何本か植樹されている。
自然が少しでもあると季節の色が見える。

今は夏色100%

中心となる色は緑と青。
その色に太陽光線の色がキラキラ重なる。
重なるというよりは反射または透過だ。
こもれびの射す樹木を下から見上げると透き通った葉脈が新鮮だ。

もみじは普通、紅葉で有名。
でも春から夏にかけての「あおもみじ」も色鮮やか・・・

京都にはもみじで有名な寺院が多い。
私が好きな寺院は嵯峨小倉山にある常寂光寺と哲学の道沿いにある法念院。
この2つの寺の共通は鄙びた趣のある茅葺の門。
常寂光寺は小倉山の斜面に建ち、多宝塔と言われる建物は、
「そうだ京都、行こう」のTVCMで紹介されている。
茅葺の門は仁王門と言われ、この中にある仁王像は運慶の作。
そしてこの仁王門付近のもみじの光景が素晴らしい。

常寂光寺には藤原定家の山荘跡がある。
ちなんで、定家の歌を一首。
歌の世界では桜・紅葉に代表される「美」を読み込んでいない歌をあえて紹介する。

もちろん詠んだ場所も常寂光寺ではなく伊勢二見浦である。

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ

有名な定家・西行・寂連「三夕」の歌である。

この歌は多様な解釈があり、昔から議論されているが、
ものの本にはこうして記してある。

17歳で定家は父・俊成のもと、初の歌集をだし、
この歌については25歳にして、言語表現の到達点ではなく
出発点であることが定家のおそるべきところである。

法念院は樹木に囲まれた参道が静寂に包まれ山門のシルエットが美しい。
ピーンと張りつめた空気が心を休ませる。

苔むした境内を彩るのは、四季を通じて咲きほころぶ様々な花ともみじ。

谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」に主人公が墓を法年院に決めるくだりがあるとおり、
この法年院には谷崎潤一郎の墓がある。
自然石を使用した墓石には一文字「寂」という文字が刻まれている。

[vol.3] 2010年7月28日
井上ひさし先生 お別れの会

今月、文化学院の講師でありました、井上ひさし先生のお別れ会に出席しました。
冒頭の3人のお別れの言葉は、それぞれ意味深く井上先生との関係が偲ばれる胸打つ弔辞でした。

1人目は、丸谷才一さん
伊藤整の「日本文壇史」の記述を例に現代作家3人を推奨して、井上ひさし・大江健三郎・村上春樹を挙げていました。

村上春樹さんは、1979年デビューの「風の歌を聴け」について丸谷才一さんが群像新人文学賞、芥川賞の選考の際に大絶賛した作家であり、
大江健三郎さんは、現代の私小説の延長上にありとし、
井上ひさし先生は、ある意味での日本プロレタリア文学の潮流を受け継いでいるとしました。

私は、このお別れ会の数日前に毎日新聞に掲載された丸谷才一さんの「井上ひさし追悼」の文章を読んでいました。
それは長い間、数々の文学賞の選考委員を共にしてきて、井上ひさし先生が候補作品の全てを丁寧に読んでいて手を抜くことは一切なかった。
そして常に選考会の座の空気をなごませ、しかも緊張させる模範的な選考態度で丸谷はいつも敬愛の念をいただいていたと。

そして井上ひさしは、竹田出雲や河竹黙阿弥と並ぶほどの偉大な劇作家であると。

お別れの会では、
「有能な劇作家の内部に俊敏で鋭い批評の精神があり、批評精神が様々な題材を取りあげたとき、あの一連の作品が生まれ、これを見物し拍手喝采したことは、後世に自慢できることです」と。

2人目は大江健三郎さん
井上先生は大江健三郎さんとは家族ぐるみのお付き合いをしていたそうで涙で声を詰まらせて弔辞を読んでいた姿が印象に残っています。

3人目は栗山民也さん
井上先生の作品を15本手掛けられた演出家です。
栗山さんは「井上先生は遅筆で有名ですが、あるとき井上先生の仕事場を訪ねたとき扉の隙間から垣間見た井上先生の姿に思わず涙が止まらなかったことがありました。その姿は原稿用紙にくっつきそうなくらい顔を寄せて脇目も振らず、必至に手を動かしている井上先生でした。」と。

井上ひさし先生の遺作となった「組曲虐殺」は脚本完成が舞台初日の4日前、通し稽古が前日だったそうです。

組曲虐殺はプロレタリア作家、小林多喜二を主人公にした作品です。井上先生の作品には本当の悪人は登場しません。敵役の特高刑事でさえ毎場面に登場するほど重要な役をこの作品の中では担っています。
常に弱者の味方である井上さんの作品は、
この特高刑事の幼い時の場面も含めて、普通の人間として描いています。

お別れの会の最後は、組曲虐殺で音楽と演奏を担当した小曽根真さんの伴奏で劇中歌を皆で合唱。

「太鼓たたいて笛ふいて」「ロマンス」に出演した大竹しのぶさん
「組曲虐殺」出演の井上芳雄さん高畑淳子さん小曽根真さんの奥様であり小林多喜二の妻役の神野三鈴さんらを中心として皆で涙を流しながら歌いました。

井上先生は昨年6月文化学院で、2日間連続で特別講義をしていただきました。1日3時間、休憩なしの講義でしたが、井上先生の時折、笑いを取りながらの講義はあっという間に時間がたっていました。

講義の内容は先生の名言

難しいことをやさしく
やさしいことを深く
深いことを愉快に
愉快なことを真面目に

をまさに先生の口からお話をいただきました。
2日目の授業が終わり、喫煙場所で美味しそうにタバコを吸い

「次回は11月にまた2日間の講義をしますから…またそのとき」

と急用があるらしく早々とその場を去られたのが最後です。
11月の講義は、10月の肺ガン療養中発表で
講義は延期のまま、2010年4月9日永眠されました。

先生の講義の中で印象に残ったお言葉。
『芸術とはこの世で美しいもの、尊いものを皆にわかりやすく表現し伝えることである』

[vol.2] 2010年6月7日
いよいよ衣替えの季節が来た。

衣替えは平安時代からの習慣と聞く。
宮中行事から始まった習慣で、
現在は学校などで六月一日と十月一日に衣替えを行うようになった。
文化学院では、制服はないので学生生徒の衣替えは見られないが、
キャンパスの一階の庭園の樹々たちの今は、
冬から春へ、春から夏への衣替えが見られる。
徒然草の中で季節に触れている段が二つある。

一つは第十九段で

折節の移りかはるこそ、ものごとにあはれなれ。
「もののあはれは秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、
それもさるものにて、今ひときは心も浮き立つものは、春の気色にこそあめれ。

『徒然草』第十九段より

と春が最も心浮き立つものだと誉めたたえ

第百五十五段においては

春暮れてのち、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。
春はやがて夏の気をもよほし、夏よりすでに秋はかよひ、秋はすなわち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ。木の葉の落つるも、まづ落ちて芽ぐむにはあらず、下よりきざしつはるに堪べずして落つるなり。

『徒然草』第百五十五段より

春が終わってから夏になり、夏が終わってから秋が来るのではない。
春のうちに夏の気配があり、夏のうちに秋の気配が来ているのだと。

また木の葉が落ちる現象は、木の葉が落ちてから芽が出て来るのでなく、芽が出てくる「きざし」に堪えきれなくて葉が落ちるのだと。
背景にはよく言われる「無常感」があるのだが、吉田兼好は、無常そのものを好んでポジティブに捉えている。
私はこの第十九段と第百五十五段が好きだ。
文章もリズムがあり非常に上手い。名文である。

[vol.1] 2010年4月21日
2010年の正月を迎え、私の手帳に綴った文章が次のようにあった。

今年はどんな年になるか。
期待と緊張のこの幕開けの胸が昂る日々、一月二日はわたしの
五十五回目の誕生日。
身の引き締まる思いで朝、窓を明けると眩しい青空が飛び込んできた。
テレビでは大学駅伝の中継。新しい大学の活躍を伝えている。大学ラグビーの決勝戦も新勢力のぶつかりあいとなった。
今年は新しい何かの予感がする。
さて、文化学院でも新年度を迎え四月十日は入学式を予定しており、
専門課程では四月六日、高等課程では四月八日に新入生のガイダンスを行った。
春休み中の学校では学生がいなくて寂しい。
早く朝から発声練習している学生の姿が見たいものである。

熊川 清孝の写真

校長 熊川 清孝

文化学院について

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